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有森裕子 講演会講師インタビュー

1996年のアトランタオリンピック。かかとの故障や数々の試練を乗り越え、銅メダルを獲得した有森さんの姿に、日本中が沸いた。「自分で自分を褒めたい」というゴール直後の言葉は、自らの限界を超えてひた向きに努力することの素晴らしさをストレートに伝え、多くの人々の感涙を誘った。
その後、プロ化宣言をして日本のスポーツ界における選手の新たな道を開拓。現在はスポーツを通してさまざまな国や地域を結ぶNPO「ハート・オブ・ゴールド」を設立し、カンボジアなどで生活自立支援活動を行っている。
マラソンという自らと戦い続ける過酷な競技を通して、有森さんが得たもの。それは、悩みながら混迷する現代社会を生きる多くの人にとって、力強い指標となるだろう。有森さんの強さの理由、そして大切にしている言葉について聞いた。

(text:福田歩、photo:小山幸彦)

唯一、できるのは「人より頑張ること」

──有森さんが走っている姿もそうですが、マラソンを見ていていつも不思議に思うのは、どうしてあんなに頑張れるのかということです。苦しい、やめたいとは思うことはないのでしょうか?

 

有森裕子

有森裕子:もちろん、苦しいですよ。もう走れないと思ったことも、何度もあります。でも、「私にはこれしかない」と常に思っていました。走ることをやめても他に選択肢がないから、やめる訳にはいかないんです。
子どもの頃から「私は何をやっても人よりできないんだ」と思い続け、小学6年生の時にようやく「頑張ればなんとかなるかも!」と思えたのが走ることでした。私にとって走るということは、人から認めてもらうための手段。私は、特に走ることが好きという訳ではないんです。

 

──有森さんが「走ることが好きじゃない」というのは驚きです。好きじゃないことを頑張るのは…難しいですよね?

 

有森裕子:唯一、私が得意なのが「人より頑張ること」なんです。
私は先天性股関節脱臼で、幼い頃は矯正バンドを使っていました。しかも交通事故にあい、今でも酷いO脚なんです。身体的には走るのに向いてないんですね。実際、小出監督のもとで練習を始めるまでは、たいした記録も出ませんでした。
私がやったのは「人より頑張る」、それだけです。いつも「もうダメだ」と思ったら、「あとちょっとだけ頑張ろう」と思ってひと踏ん張り。少し進んだら、「もうあと少しだけ、頑張ってみよう…」そうやって、少しずつ、限界が伸びて行ったんです。
母はよく「『眉の上の高さ』くらいの目標」という言葉を使います。いきなり大きな目標を果たすのは難しいけど、眉の上、ほんの少し上の目標を一歩ずつならクリアして行けるという意味なんです。
私は昔から器用でもないし、要領も悪い。だから、小さな目標クリアを積み重ねてきたんです。その結果が’91の大阪国際女子マラソンの日本最高記録であったり、オリンピックのメダルなんです。

 

 

 

ひとつのことを、やりぬく力。それが大きな糧になる

──頑張るといえば、高校に入学した時、陸上部の監督に入部を拒否されたそうですね。その際、数カ月にわたって連日のように入部を嘆願しに行ったそうですが…。どうして諦めなかったんでしょう?

 

有森裕子:お願いすれば絶対に入れてもらえるという確信があった訳ではないんです。ただ、どうしても諦めることができなかった。「私が人から認めてもらうには、走ることしかない」っていう気持ちだったんです。諦めてしまったらそれで終わってしまいますが、諦めなければ、終わることはない。

 

──そこまで強い気持ちでひとつのことに打ち込めるのが凄いですね。今は広く浅くというか…器用でオールマイティな方がいいと思われているような気がします。

 

有森裕子:私は、ひとつでもできることがあるというのは立派なことだと思いますよ。ずっとひとつのことをやり続けて、「不器用で、これしかできないんです」という人もいますが、それをもっと誇りに思って欲しい。自信を持っていいんです。それくらい「やりぬく」というのは素晴らしいことなんですから。

──「自分が何をしたらいいのか」、「何が向いているのか」と悩む人が多いですからね。

 

有森裕子:そうですね。今は情報が溢れていて、いくらでも選択肢があると思えてしまう。だから、ちょっと嫌になったらすぐにやめてまた別のことを始めてしまう。
でも、自分に向いているか、向いていないかは、本気で打ち込んでみないと分からないんです。途中でやめてしまったら、向いているかどうかの判断さえできない。
そういう中途半端な経験を積んでしまう人が多いように思います。向き不向きが分かるまでは、「限界までやった!」と言えるくらい打ち込んで欲しい。そうすれば、例え数年経ってしまっていても、努力し続けた時間からは大きなものを学べているはずですから。

 

 

 

今を大切に。「せっかく」と感謝して生きる

──多くのスポーツ選手と同様、有森さんもケガや故障でずいぶん苦しまれていましたね。精神的にもかなり追い込まれるのではないでしょうか?

 

有森裕子:それはもう(笑)。特にアトランタの前にかかとを手術した際は、「もう二度と走れなくなるんじゃないか」と不安で仕方ありませんでした。
ケガや故障で走れなくなるたび、小出監督は「『せっかくケガしたんだから』と思って休めばいい」とよく言っていました。マイナスのことをマイナスとしてとらえるよりも、「せっかくのチャンスだ」って考える方がいい。小出監督には本当にいろんな言葉をいただきましたが、この「せっかく」という言葉は特に印象に残っています。

 

 

 

大きな目標を明確にすれば、小さな悩みは消える

有森裕子

──選手と監督の関係は上司と部下以上のものがあると思いますが、時には意見が対立することもあったのではないでしょうか? そんな時、どうやって折り合いをつけるのですか?

 

有森裕子:目的をはっきりさせることです。監督は、一生添い遂げるパートナーじゃないんです。「早く走りたい」という一番大きな目的が一致していたら、それでいい。その他の部分、例えば性格や生活習慣が一致しなくてもかまわないし、一致する必要もないんです。
会社の上司と部下についても同じじゃないでしょうか。「仕事を成功させる」という目的だけをシンプルに考えれば、人間性やお互いの性格についてあれこれ考える必要はないと思うんです。一緒に仕事をする人と、そんな部分まで意思疎通しようと思ったら大変ですよね。大きな目標をはっきりさせれば、あとの小さな悩みは消えていくはずです。

 

 

 

無償でも打ち込みたいのが本当のライフワーク

──現在は社会貢献活動や講演で国内外を飛びまわっているそうですね。それらの活動には以前から関心があったのですか?

 

有森裕子:言葉が分からなくても、違う文化を持った人同士でも、スポーツで一緒に体を動かせば自然に笑顔で向き合えるようになる。私は2度のオリンピック出場や数々の国際大会を通じて、スポーツの大きな力を体感してきました。そして、私がそのような舞台に立てたのは、たくさんの人に支えてもらったから。だから今度は私が恩返しをする番だと思っています。
以前、私が走っていたのは食べるための手段(=ライスワーク)としてでした。今はもうある程度食べられるようになってきたので、今度は本当に自分のやりたいこと、ライフワークに時間を割けるようになってきたんです。私にとっては、それが社会貢献活動であったり、スポーツを通じていろいろな人と繋がることなんです。

 

──ライスワークとライフワーク。有森さんにとってはその2つは別のものなんですね。

 

有森裕子:一緒であればいいとは思いますけど、そんなことって滅多にないですよね。好きなことと、得意なことは違います。
よく仕事のことを指すうえで「自分に合った仕事がしたい」、「好きなことを仕事にしたい」という話を聞きますが、好きなことと、得意なことが必ずしも一致するとは限らない。そのことに気づかなければ、いつまでたってもライフワークを確保できません。
ライフワークというのは、本当に好きで、無償であってもやりたいこと。まずは生きる術としてのライスワークをしっかり確立した上で、ライフワークに打ち込んでもいいと思います。

 

 

 

私の言葉が、動き出すきっかけの一つになれば十分

──有森さんのお話をうかがっていると、スポーツで得た多くのことが、実社会でも大いに役立つと思います。

 

有森裕子

有森裕子:そうですね。スポーツはタイムや点数など、成果が数字で明確に表れるので分かりやすいですが、根本的には仕事や勉強も同じだと思います。

 

──最後に、講演で伝えたいことを教えて下さい。

 

有森裕子:私はたくさんの人に支えられながら走ってきました。オリンピックという素晴らしい舞台にも立てたし、多くの素晴らしい人たちとも出会えました。だからこれからは、恩返しをする番だと思っているんです。それが、社会貢献活動や講演活動なんですね。
プロ化宣言をした時も、私は後進のためにというよりまずは自分のために動きました。同じ道を進むかどうかは別にして、私の活動を見て、何か感じ取ってくれたらそれでいいと思ったんです。
講演活動も、誰かの指針になろうなんて大それたことは考えていません。ただ、私の話の中で、何か一つでも心に響く言葉があって、それが、その人が動き出すきっかけになればとても嬉しいです。

 

 

 

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