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7月26日~8月11日に開催されるパリ五輪を前に、競泳の寺川綾さんとスポーツクライミングの野口啓代さんの「オリンピアン スペシャル対談」を行いました。寺川さんは高校時代から世界水泳に出場し、'04年のアテネ五輪で200m背泳ぎ8位入賞、'12年のロンドン五輪100m背泳ぎで銅メダル獲得。野口さんはワールドカップ優勝21回を誇る「日本クライミング界の女王」で、新競技として注目された'21年の東京五輪で銅メダルを獲得。競技は違えど同じメダリスト。講演会でも大人気の2人の対談をお楽しみください。
(text:高田晶子、photo:遠藤貴也)
寺川綾 競泳はとにかく速く泳ぐシンプルなスポーツです。コンマ何秒を競う競技で、コースはロープで区切られていて誰にも邪魔されません。自分自身との戦いでもありますが、周りにライバルがいるかいないか、観客の有無によっても全然違ってきます。そこも競泳の魅力だと思います。
野口啓代 寺川さんは3歳から水泳を始められたということですが、自分で向いていると思って続けられたのでしょうか?
寺川綾 いえいえ、ただ泳ぐことが楽しくて好きだったから、たまたま続けられただけですね。人より優れているなんて、一度も思ったことはないんです。もちろん強くなりたい、速くなりたいとは思っていましたが、「この人より自分のほうが絶対すごいでしょ」と思ったことは一度もない。そういう思考にはなったことがありません。ただの負けず嫌いですね。野口さんはいかがですか?
野口啓代 スポーツクライミングの魅力は、同じ課題が出されることがないため飽きないところです。大会では毎回新しい課題に挑戦できますし、自分で登り方を考え、自分の得意分野で勝負ができる自由さに面白味を感じています。あと、陸上競技や球技や武道などは、子どもの頃からある程度運動神経が良くなければ世界を目指せないスポーツだと思うのですが、スポーツクライミングはそんなことはありません。私はそこまでスポーツが得意ではない子どもだったのですが、唯一スポーツクライミングだけは最初から上手にできました。ですから、あまりスポーツが得意ではない方でも始めやすいですし、自分が気付かない才能が開花するかもしれない競技のひとつだと思います。
寺川綾 野口さんは何歳からスポーツクライミングを始めたのですか?
野口啓代 小学校5年生の時、家族旅行で行ったグアムで初めてやりました。私がスポーツクライミングを始めたのはちょうど2000年だったのですが、当時は今以上にマイナースポーツで、小学生で大会に出場するような子どもが全国で女子10人くらい。全日本ユースで優勝といっても、それほどすごくないんです(笑)。今では小学生の大会で300~400人ほど出場するので、この20年ほどでずいぶん変わったなぁと思いますね。
野口啓代 スポーツクライミングは2021年に開催された東京五輪で初めて新競技となりました。それまではテレビで見ていた五輪で自分が戦うプレッシャー、しかも自国開催ということで、かなりの重圧は感じていました。私の場合は2016年にスポーツクライミングを五輪の正式種目にしようという招致活動にも力を入れていたので、思い入れは大きかったですね。
寺川綾 スポーツクライミングは登った課題の数を競う「ボルダー」、登る高さを競う「リード」、登る速さを競う「スピード」という3種目を1人の選手が行うんですよね。
野口啓代 東京五輪ではそうだったのですが、パリ五輪からは「スピード」だけで1競技、「ボルダー」「リード」の2種目で1競技と、2つに分かれることになりました。私は「ボルダー」「リード」を10年間やってきましたが、東京五輪で「スピード」に初めてチャレンジすることに。すごく苦労したことが記憶に残っています。
寺川綾 「ボルダー」「リード」「スピード」の3種目は、全然性質が違う競技なのですか?
野口啓代 全然違います! 例えば、同じ陸上という括りでも、長距離と短距離と幅跳びくらい違うイメージです。それぞれに違う能力が必要とされます。ですから、パリ五輪では「ボルダー」「リード」か「スピード」のどちらかに出場する選手ばかりで、両方の種目に出場する選手はいないですね。それほど専門性が違います。
寺川綾 なるほど。すごくわかりやすいですね。競泳もスポーツクライミングと同じ個人種目ではありますが、チームで戦う意識がすごく強いですね。私の場合は’12年のロンドン五輪まで遡らなくてはなりませんが、チームが結束して、しっかりとそれが結果に現れたオリンピックに参加させていただいたので、すごく勉強になりました。個々で競技を極めることはもちろんですが、+αで良いチーム作りをしていかないと結果に結びつかないということを学ばせていただきました。
寺川綾 オリンピックは4年に1度なので、そこに向けてきちんと仕上げることが世界で戦う選手たちのフォーマットになっていますね。オリンピックは世界中で放送されますし、注目度も高く、やはり別格と言えます。
野口啓代 私は最初で最後のオリンピックが東京五輪だったので、2回3回と経験されている方とは感想が違う気がします。選手側の立場からすると、オリンピックを特別な大会だと意気込んで出たほうがいいのか、他の大会と変わらないスタンスで出たほうがいいのか、難しいところです。私はやっぱり東京開催だし、自分の引退試合にもなる最後の集大成だしということもあって、いろいろな思いを乗せて出場しましたが……。寺川さんはいかがでしょうか?
寺川綾 「さあ、オリンピックだ!」という特別な感情もどこかにはありましたが、とにかく結果を出すということしか考えていなかったですね。オリンピックだから今回は何が何でもということではなく、どちらかというと他の大会と同じく、とにかく結果を出すのみという気持ちで臨んでいた気がします。
野口啓代 スポーツクライミングはカテゴリーが「男子」か「女子」しかありません。いわば無差別級のように、身長も体重も体型も違う選手が、同じ競技を戦います。同じ課題に対して、登り方の個性が出るので、それが見どころですね。手足の長さを活かして登る選手もいれば、小柄な身軽さを活かして登る選手もいます。攻略の仕方が選手によって違いますし、登り方が自由なので、見ているうちに「この選手の登り方が好き」と思ったり、自分と体型が似ている選手を応援したくなったりするかと思います。毎回違う課題にチャレンジするので、それも魅力のひとつだと思います。
寺川綾 競泳はもちろん距離や種目によって違いますが、一斉にスタートして、最初にゴールした人が勝ちというすごくシンプルなスポーツです。ですから、難しく見てほしくないという気はしますね。誰が一番早いのかというところから、どんな泳ぎをするのか、どんな力強さをだしてくるのかという視点で見ていただければと思います。ただ、選手間では短い距離の中でも駆け引きがあるので、野口さんが仰るように見ていくうちに選手の特徴がわかってくると思います。この選手は後半が得意だなとか、いつもは前半が速いのに今回はペースを落として勝負しているなとか、知識が増えるとより一層楽しめるようになると思います。
野口啓代 選手によってルーティーンがあるのも面白いですよね。
寺川綾 確かに! 私の競技は背泳ぎなので、ピーッと笛を吹かれたらまずプールに入ります。すごく小さなことなのですが、私は必ず左足からプールに入っていました。そのルーティーンが崩れると、緊張しすぎていて結果が出ないこともありましたね。北島康介さんが金メダルを獲ったときは、ライバルだったアメリカの選手がいつもは足を拭いてそのままコース台に上るのに、バスタオルを置いていない方から上がって足を拭いてバスタオルを横に置いたんです。いつもはしないことをしていたので、それを見た瞬間に日本チームのスタッフは北島さんの勝利を確信していたようです。
野口啓代 寺川さんと似たところで言えば、私は絶対に靴は右足から履いています。右足から履かないとなんとなく気持ちが悪くって。あと、意識していたルーティーンでは、勝負カラーが赤だったので、大会の前日の夜には必ず爪に赤いマニキュアを塗っていました。
寺川綾 スポーツクライミングだと、登っているときに自分の手元を見る時間が長いですものね。
野口啓代 そうなんです。私は赤や青や黒など様々な色のネイルをしていたのですが、あるとき赤いネイルで登っているときに一番テンションが上がることに気が付いて、それ以来ずっと赤いマニキュアが必須でした。競泳だとネイルはダメですよね? 身なりにも厳しそうなイメージがあります。
寺川綾 日本代表に入ると、当時はネイルもメイクもピアスもカラーリングもダメでしたね。今はどうかはわかりませんが。
野口啓代 スポーツクライミングは新興競技ということもあるのか、その辺りはすごく自由なんです。ネイルもメイクもピアスももちろんOKですし、大会のたびに髪色を変えてくる選手もいます。服装も特に規定はないのですが、日本代表はユニフォームですね。
寺川綾 カッコいいイメージはありますよね。しかも、アクセサリーも自由なんですね。
野口啓代 大きいピアスをしていて重かったり、揺れて顔に当たったりすることもありますが、オシャレを優先する選手も多いですよ(笑)。私は顔に髪がかかるのが嫌だったので、ポニーテールにしていたのですが、「私は前髪がないと無理!」みたいな選手もいて、絶対登りづらいだろうなーと思っていました。
寺川綾 オリンピックの写真はずっと残りますもんね。だからすごく羨ましいです。競泳はみんなすっぴんですからね。
野口啓代 私は東京五輪しか経験していませんし、コロナの影響でイベントなどもありませんでした。私たちも選手村に宿泊せず、食堂にご飯を食べに行ったくらいなので、寺川さんに教えていただきたいです!
寺川綾 私は’04年のアテネ五輪と’12年のロンドン五輪に出場していますが、夜はだいぶ早く寝ていましたからね……。イベントなどはわからないのですが、選手村には郵便局や美容室やネイルサロンやゲームセンターなどはありました。食堂は食べ放題で、地下に洗濯室があり、そういうところで他国の他競技の人たちと遭遇しました。大体各国チームで行動している気がします。
野口啓代 自分の競技が終わった後も、チームの競技を見守らないといけないから、そこまで自由に動ける時間はないですよね。
寺川綾 そうなんですよ。ロンドン五輪の時は、チームの競技が終わって帰国までに時間があれば他の競技を観に行けました。私たちは陸上100メートルの決勝を観に行きましたね。たまたま選手村の食堂でウサイン・ボルト選手とすれ違い、手足が驚くほど長かったのが印象的でした。恐らくチームメイトの皆さんと楽しそうに談笑していたのですが、決勝の時は別人かと思うほどの雰囲気で、スイッチの入れ方がすごいなと思いました。
野口啓代 スポーツクライミングは後半の競技で、閉会式の2日前が決勝というスケジュールだったので、私は他の競技を見られませんでした。選手村の中には五輪のモニュメントがあって、各国の選手たちがチームで写真を撮っていました。私も写真を撮ろうと思って見ていたら、どこの国のどの競技の選手かわからない人が、金メダルを持って写真を撮っていて。当たり前なのですが、この選手村の中にはメダリストが全員いるすごい場所なのだなと改めて思いましたね。
寺川綾 競泳は開会式翌日から試合があるので、選手は開会式には基本参加しないです。でも、私の種目が競泳の後半のスケジュールだったので、開会式には出ましたね。見る分には華やかで楽しそうな感じですが、選手は入場するまでバックヤードでとにかく長時間待つんです。暑いし、何時間も待つので、かなり疲れちゃいますね。競泳の全試合が前半で終わってしまうので、閉会式には出ずに帰国しています。
野口啓代 私は東京五輪の閉会式にしか出ていませんが、自国開催なので、日本の選手団は最後に入場でした。ですから、閉会式は裏で何時間も並んで待っていたという思い出です(笑)。ずっとスマホで閉会式の様子を見ながら待っていましたから。
野口啓代 自分の大好きなスポーツクライミングをもっともっと広めたいという思いで、私は全国でボルダリングの体験教室から、ユースの育成、大会を主催しています。残念ながら、日本にはトレーニング環境が整った民間のクライミングジムがまだまだ少ないのが現状です。ただ、私がスポーツクライミングを始めた2000年には全国にクライミングジムは100軒ほどしかありませんでしたが、東京五輪の時には600軒ほどに増えました。アスリートがしっかりとトレーニングできるような施設を日本に作りたいという目標もありますし、いずれはそこで国際大会、ワールドカップも開催したいと考えています。
寺川綾 確かにここ数年でクライミングジムはだいぶ増えた気がします。
野口啓代 東京でいうと、今は山手線の全ての駅にクライミングジムができました。でも、東京五輪が終わり、コロナの影響もあって、やっぱり少しスポーツ離れが進んだのかなとも感じているので、これから本腰を入れて普及活動を頑張っていかないといけないとも日々思っています。寺川さんは報道ステーションなどにも出演されていますし、スポーツキャスターとしてもご活躍ですよね。
寺川綾 スポーツ全般を取材しますが、水泳に関して言うと、老若男女、初心者の方から選手まで、全国各地を飛び回って、一緒にプールに入って指導しています。親御さんに連れられて泳げない子たちも来てくれるのですが、最初は「プールに入りたくない」と駄々をこねていた子が1時間ほどお母さんに抱っこされてプールにいただけで、それでも「楽しかった」「また来たい」と言ってくれたりもします。そんな子どもたちがかわいくて仕方ないですし、水泳の楽しさを伝えることが生きがいになっていますね。
野口啓代 自分の目標や夢に向けて、計画を立てて、日々努力を積み重ねていくことは、どんな人にも当てはまると思います。その目標や夢がオリンピックであれ、子どもの大会であれ、仕事であれ同じことです。私の経験や思いをお話しする中で、何かひとつでも「真似できるかな」と思ったり、刺激を受けて「明日から頑張ってみよう」と思ったりしていただけたらすごく嬉しいですね。何かの“気付き”のきっかけになれば幸いです。
寺川綾 私が3歳で水泳を始めたのは、小児喘息で体力をつけるために医者から勧められたからという理由でした。そんな超虚弱体質でスタートした水泳人生なのに、オリンピックにも行けるし、メダルも獲れるんです(笑)。野口さんも仰っていたように、日々、競技を続けている中で、夢が目標に変わり、達成するまでのプロセスは、社会の中でも通ずるところがあります。私の話を聞いてくれた方に、少しでも何かに対する勇気を持ってもらえればと思っております。
寺川綾のプロフィールはこちら 野口啓代のプロフィールはこちら
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