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ベストセラーとなった坪田信貴氏『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(発行:株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス)の主人公=ビリギャルこと小林さやかさんと、“ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母”=ビリママこと橘こころさん。ファミリーセミナーなど講演会に揃って登壇する機会も増えているというお二人に、それぞれの経験を通じ、今、世の中に伝えたい想いについて伺った。
(text:伊藤秋廣、photo:吉田将史)
小林さやか:私は中高生向けの講演をさせていただく機会が多いですね。学校としては、生徒たちの士気をあげることを目的に呼んでいただているのは分かっているのですが、先生の意図とは違って「勉強しなさい」とか、「慶応に行きなさい」と言うつもりは一切ありません。冒頭30分を使って、坪田先生が書かれた書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』に書かれているような話を、生の声で伝えています。例えば「パパのことを“クソじじい”って呼んでいた」と言うと生徒はものすごく喜んでくれて、そのまま眠らずに話を聞いてくれるようになります。残りの30分で、ビリギャル流「不可能を可能に変えるコツ」を伝授する流れです。
“根拠のない自信を持とう”とか、“ワクワクするような目標を見つけよう”というコツを5つほど、私の経験の中から実例をあげて分かりやすくお話をします。例えば、“学校の先生に勉強しなさいと死ぬほど言われたのにやらなかった私が、人が変わったように勉強したのは、ワクワクしたからなんだよ”と伝えます。慶応には櫻井翔君みたいなイケメンがいて、都会のカッコいい校舎に通うことができる。当時、私が見ていたドラマ「オレンジデイズ」みたいにキラキラした世界にいけるんだと思ったからなのだと。だから、先生には“生徒がワクワクするような目標設定をさせた方が良い”ということや、“どういう人生を歩みたいのか生徒に考えさせるべきだよ”と話をしています。
小林さやか:単純に勉強するヒマがなかったんですよ。友だちとプリクラを撮ったり、クラブ活動に打ち込んだりと、学生生活を楽しんでいましたからね。もともと小学生の時に自分のことが大嫌いでコンプレックスを抱えていました。できるなら、誰からも好かれるムードメーカーみたいな子になりたいって思っていましたよ。そんな時に、母が中学受験という選択肢があることを教えてくれて。誰も知らない学校に行けるのならば、“キャラ変”できると思って、必死に勉強して受験して受かったんです。そこは大学までエスカレーターでいける学校だったので、もう勉強はいいやって思って。“キャラ変”できたおかげで、常に私の周りには友だちがいて、すごく楽しい日々を送っていました。母は命令文を使わない人なんで、“中学受験しなさい”なんて一言も言いません。ただ選択肢を与えてくれただけで、私自身が考え、そして選択するように仕向けてくれたんです。
橘こころ:本人に選ばせるのが普通ですよね。そうでないと、どこかの時点で“こんなはずではなかった”と、誰かのせいにして後悔するようになります。決めつけてしまうと、もしかしたら他に存在するはずの、本人の可能性を潰すことにもなりかねません。結局、人間は押し付けられた幸せではなく、自分でつかんだ幸せしか実感できないと、そう考えながら子育てに取り組んできました。
橘こころ:お母様方に講演をさせていただく機会が多いのですが、どんな方でも悩みの無い子育てなんてないものです。私は“あなたを理解しているよ”という言葉がけをしてほしいと伝えています。そして、ご自分の常識や体裁を一度捨てて、お子さんの話を否定せずに聞いてほしいと。私の娘たちは競って私に話をしてくれていたのですが、それは彼女たちの気持ちを理解し、心を寄り添わせていたからと思います。決して、親だからといって上から目線で話を聞いたことはありません。もちろん、皆さんも口をそろえて「私も子どもたちのことを考えている」とおっしゃいます。でも、子どもを愛するが故に「そんなことできるわけないでしょう」「そんなことをやってはダメ」「そんなことをやってもしょうがないでしょう」の言葉を一番に投げかけていないでしょうか。世の中の成功者の多くが、身近な存在である親や身近な誰かが理解してくれたからその道につながっていったのではないかと思います。まずは子どもの本心を聞くことができる親になれば、あとは必要なものなど自然に集まってくるとお話ししています。
小林さやか:当時は、これが普通だと思っていましたけれども、最近、コーチングの勉強をはじめるようになって、まさに母は私にコーチングしていたのだと理解するようになりました。結局、コーチングも傾聴からスタートします。何か別なことをしながら子どもの話を聞く親御さんも多いようですが、母には一切そういうことはありませんでした。だから家事が全然追いつかない(笑)。料理をする手を止めて、鍋にかけていた火を止めてまでも、真剣に私たちの話を聞いてくれました。そういうのって子どもは敏感に感じ取りますよ。講演先でも、「自分の息子や娘が何を考えているのか分からない」という話をよく耳にします。それって、親に自分の意思を尊重してもらえなかったり、対等に話をしてもらえなかったりしたことが要因になっているように思えるんですよね。そうすると、子どもの方から親に心を閉ざしてしまう。それは親御さんがお子さんの話を聞いてあげる姿勢を持っていないからでは?と思いますし、それに気づいていない人が多いような気がします。
橘こころ:それは私と母との関係に起因すると思っています。母は完璧主義者で頑張り屋だったので、幼い私の話を聞く余裕なんて一切ありませんでした。私の育ち方が母の考えから少しでもそれると叱られて辛かったのを憶えています。「これやりなさい」「あれやりなさい」と強く言われれば言われるほどどうしても身体が動かない。人から押し付けられると反発してしまうことが分かりました。そして否定されると隠れてコソコソ自分がやりたいことをやるようになります。でも、コソコソやっていることが見つかるとすごく叱られ自責の念に陥ってしまう。自分がやりたいことをワクワクしながらやろうとすると叱られてしまうという連鎖が行きつく果てにどんどんやる気のない人間になってしまいました。
そのような私が子どもを育てているうちにつくづく自分が未熟でダメな人間であることを実感してきたので自分の子どもには私がダメになっただろう私の母の躾の正反対をしていこうと考えたんです。必死に頑張って一日一日自分も成長していきました。結局子育てを通じて私自身も育ててもらっていたんですね。
橘こころ:実は、本当に偶然だったんです。特別な思いがあったわけでなく・・・・・・。たまたま家の近くにあった塾の先生だったというだけのことでした。逆に色々な情報を集めたり評判を聞いたりしながら選んでいたら、きっと出会えていなかったでしょうね。しかも、最初は息子を通わせようと思っていたのですが、その息子が行かないと言うので、じゃあ代わりにさやかちゃん、行ってみてくれる?と(笑)。そんな話でしたから。
小林さやか:私だって、まったく塾になんか通う気なんてさらさらなかったんですから!ところがたまたまその日、暇だったから行ってやるか、という“ノリ”でしかありませんでした。でも、そんな偶然の出会いが、その後の人生に大きな影響を与えていくのは間違いありません。小さな出会いが運命的な出会いになる可能性だってあるんだよって、そんな話も身をもって講演で伝えさせていただいています。
小林さやか:坪田先生に出会った頃の私と言えば、とにかく小学校4年生レベルでしたからね。とりあえず漢字ドリルや計算ドリルから始めるわけですよ。そうすると、さすがにできる。もう一日で、一年分とかやってしまうと、先生がすごいって褒めてくれる。自分も、ヤバい、天才かもって(笑)。そんなことを繰り返していました。先生は解き方を教えてくれるわけではなく、採点して解き直しの指示を出すくらい。その間に、雑談になるんですが、私がクソじじいの話をすると、先生がこう言うんです。「人間の感情の中で何が一番強いか知っている?それは憎しみなんだよ。お父さんに憎しみを感じているなら、それを勉強にぶつけられるんだから、ラッキーだと思わないか?」って。要するにコーチングなんですよね。教えるんじゃなくて、相手から能力を引き出す、そんな力を駆使して私を導いてくれていたんです。
小林さやか:最初は根拠のない自信があったし、慶応の壁の厚さすら分からなかったけれど、少しずつ勉強ができるようになると、その壁を実感するようになって、スランプに陥ってしまいました。坪田先生は、「模試で点数取れなくても一喜一憂する必要はない」って言ってくれていて、実際に受験直前まで“E判定合格可能性20%以下、志望校変えよう”みたいなアドバイスが付きまとっていたのに合格したわけですから、確かに先生の言う通りだったのですけれども、一度だけすっごく嫌になって、もう泣き叫びながら、受験なんてやめてやる!って、母に当たったことがあったんです。そうしたら「そんなに辛いならやめちゃいなさい」と簡単に言うんです。まさか?って思うじゃないですか。逆に面喰らいました。それで、本当にやめていいのかな? やめたらどうなる? って色々と考えて・・・・・・。
その頃、父は一切、受験にかかる費用を出してはくれなかったので、母が一生懸命働いて工面してくれていたのを知っていましたし、そのお金の重みは忘れてはいけないと思っていました。だから、やっぱりやめないな。やめないならこの時間は無駄だなと考え、その足で母と一緒に慶応のキャンパスを見に行って、やっぱりここに行きたいと思い、ラストスパートをかけたんです。
橘こころ:娘の痛みを共有していたのでやめたいというのならばそれでもいいと本当に思っていました。すべて本人の意思に任せるのが親の正しい行動と思いましたから「とにかくお金のことなんて気にしなくていいから嫌ならやめてもいいんだよ」と伝えたんですが、それでもいつもまず人のことを考えて苦しい道でも選んでくれた、なんて思いやりのある子なんだろうと感動してしまいました。ですから、どちらの道を選択しても「あなたは絶対、幸せな人生を歩むことができる」ということだけを伝えました。その時に、子育ては、親も学んで成長できるだけでなく、こんなにも感動を与えてもらえるんだと実感しました。
小林さやか:“ビリギャル”と呼ばれるようになって書籍が出版され、映画化もされて、多くの人が「さやかちゃんは元々頭が良かったんだよ」とか「素質があった」と言うんですよ。そして、「奇跡の物語だ」って。こうして、講演をさせていただくようになってからも、親御さんが「あれは、さやかさんだからできたこと。うちの娘には無理ですよ」なんて話を聞かされるようになりました。でも、私と同じように、周囲から無理と言われていたけれど、東大や早稲田に受かった子なんて沢山いるんですよ!
以前、社会学者の古市憲寿先生が共演したTV番組で「何がすごいんですか? 僕の周りにはこういう人が沢山いますよ」とおっしゃられて、本当にそうなんですよ。奇跡でもなんでもない。私が特別だという話ではなく、“みんなできるのに、どうしてやらないの?”という話なんです。頑張ってくることができなかった人はどうしても、できない理由を並べたがるんですよ。生まれた時から決まっていたと信じたがる大人たちが沢山いて、その固定観念が自分の子どもの可能性を潰してしまう。それってもったいない話だと思いませんか?! 私の講演を聞いてくれた学生さんは、分かってくれるんですよね。「もう一度、諦めていた自分の夢に向かって頑張りたい」ってアンケートにも純粋な気持ちを表現してくれます。でも、実際は家に帰って「お母さん、私、声優になりたい!」って言ったら、「やめなさい」と言われてしまうのがオチ・・・・・・。結局、親が理解しなければ問題は解決しないと感じて、ならば子どもだけではなく、親子で一緒に私たちの話に聞きに来ていただけるような、そんな講演やイベントに取り組んでいきたいと思っています。
小林さやか:そうですね。これまでも何度か、親子で話をさせていただいています。例えば行政が主催されるファミリーセミナーのような機会をいただくと、聴講者の方々も親子で私たちの話を聞きにきてくださいます。母が親御さん向けの話をして、私が学生に向けた話をすると、皆さん、お互いに顔を見合って“ほら、ビリギャルがこう言っているのに、お母さんはちゃんと聞いてくれない”みたいな信号を送っていたり(笑)、逆に親の気持ちを子どもさんが理解してくれたりと、とても良い機会だと感じているんです。親子で一緒に参加してくださると、次の日から二人の関係が少しは良い方向に変わってくれるといいな、なんて思いながら話をしています。これは余談ですが、親御さん向けのセミナーの終了後にはいつも母の前に長い行列ができます。皆さんのご家族の悩みを、何時間でも聞いてしまうんです・・・・・・。これ、何とかならないものかと悩んでしまいます(笑)。
橘こころ:誰でも自分を理解してほしくて仕方がないんですよ。それは子どもも大人も一緒なんです。どなたに話を聞いても、ウチが抱えていた問題と同じだと感じました。悩みのない家庭などないですし、子育てにも完璧はありません。それは仕方のないことです。本当は、できることならすべての方のお話をお聞きしたいのですが、物理的には無理なので、お手紙に書いてもらおうかと思っています。
でも、こうして私の経験や考えていることを真剣にお聞きいただけるのが本当に嬉しくてなりません。我が子だけでなく社会全体として、可能性に溢れこれからの素晴らしい日本を作っていく大事な子どもたちを可愛がって育てることこそ、今、私たち大人が取り組むべき使命だと思います。だって子どもは誰もが日本にとっての宝ですから。また、家庭は人間の成長過程において、もっとも重要な場所であり、共に暮らす家族の存在は大きいものです。子どもも親も、互いの成長に大きく作用し合っています。ですから、子育てをはじめ、家族の問題を抱えているのならば、どんなに躓いても、どんなに失敗してもいいから決してあきらめず、信念を持って家族をより良い形に導いていただきたいと思います。社会の中ではとても小さな単位かもしれませんが、家族が変わっていけばそれが発信され様々な社会の問題が改善されるかもしれません。私たちの講演が、そうした一つのきっかけになれたらと思っています。
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