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荻原健司 講演会講師インタビュー

1992年アルベールビル、1994年リレハンメルの冬季オリンピックにおいて、ノルディック複合団体で2大会連続の金メダルを獲得。世界の第一人者になるも、その後のルール変更で思うような結果を出せず、「スキーから離れたい」と一時は引退を考えるようになる。しかし、他のスポーツ等に勤しむことで自身を見つめなおし、スキーを愛しているという初心を取り戻すことに成功。清々しい気持ちのまま完全燃焼し、2002年5月に引退を果たしたのは、持ち前の強い心のなせる業に他ならない。指導者として後進の育成に当たる今、講演でも、そうした心の強さがいかに重要であるかを熱く伝えている。

(text:増田聖祥、photo:小山幸彦)

いつかはパーフェクトな結果を出すと思い続ける

荻原健司──アルベールビル冬季オリンピックで金メダルを獲得してから2002年5月の引退まで、世界のトップを走りつづけてこられた最大の秘訣はなんですか。

 

荻原健司:自分自身の選手経験と、現在行っている選手指導の経験から申し上げますと、2つの要素が必要不可欠です。
まず1つはスキル。それは、単なる運動神経の良さを意味するのではなく、その選手のパフォーマンスを最大化させる体力や運動技術を指します。
そして、もう1つがセンスです。特に、諦めない心、くじけない強い意志、不断のチャレンジ精神などを持って、夢や目標を必ず叶える達成させると追い続ける精神力です。
このスキルとセンスをしっかり持ち続けている選手が、世界で通用すると思います。

 

──「同じ一番でも納得のいく一番と、不完全燃焼の一番がある」というお気持で競技に臨んできたと伺っています。

 

荻原健司:私の選手経験を振り返ると、結果として、オリンピックや世界選手権でメダルを獲得していますが、パーフェクトな内容の競技は一つもありませんでした。
優勝した大会ですら「なんでもっとうまくできなかったんだ。もうひとふんばりできなかったんだ」と、反省ばかりが残っています。
結果としてトップになったかもしれませんが、やり残したことが多いと、やはり気持ち悪いんですよ。「いつかはパーフェクトな競技をしたい」と思い描き続けてきたからこそ、長く続けられたのだと思います。

 

 

選手を完全に自立させる

荻原健司──現在、北野建設スキー部部長として後進の指導にあたられていますが、心がけていることは何でしょうか。

 

荻原健司:基本的には、私から一方的に様々な練習メニューなどを与えるようなことはしていません。人間は、与えられているうちは決して成長しない、強くならないと信じているからです。
もちろん、私の選手経験から得たいろいろな「材料」は提供します。その中から、自分で取捨選択して決定し、選手自身で励んでもらうようにしてもらっています。
その前提にあるのは、選手が自立していることです。現在、北野建設スキー部には5人の選手が在籍していますが、みんなアスリートとして完成しています。そういうレベルの選手には、例えばジュニア選手や中高生の部活動で施すような指導法とは異なるアプローチが必要です。
さらに、5人の選手には、オリンピックをはじめ、「必ず表彰台に上れ」などというように、競技結果を求めたことは一度もありませんし、これからも求めることはないでしょう。成績を自分のゴールにすることは決して良いとは思いません。自分のスキルや体力をどこまで高められるかを追求することが重要で、それが成績につながっていくのです。

 

──2014年のソチオリンピックでは、指導されている渡部暁斗選手(ノルディックスキー複合ノーマルヒル個人銀メダル)や竹内択選手(同ラージヒル団体銅メダル)が見事な結果を残されました。まさに、そうした選手の自主性を重んじる育成方法の賜物ですね。

 

荻原健司:私は指導を行うにあたり、何よりも選手を完全に自立させることを考えています。自分がなぜスキーをやるのかということを常に主体的に考えていられる選手に育てたいと思っているのです。
もちろん、個別には「オリンピックに出場して金メダルをとりたい」という目標をもつことは大事です。しかし、その前に、なぜスキーを選んだのか、スポーツ選手という職業に就いたのかを考えるようになってほしい。
それは、スポーツを通じて、社会貢献してほしいからです。選手たちには、多くの若者のロールモデルになり、地域のヒーローになるような心構えを指導していますし、それ自体が、選手の励みにもなります。
社会の中にいる自分の役割を明確化することによって、競技に対する姿勢も変化するはずです。

 

──荻原さんは2012年の国体で、長野県代表として10年ぶりに現役復帰し、成年男子Bのノルディック複合で4位入賞(ジャンプでは13位)、翌年の大会では3位となり21年ぶりに表彰台に上りましたね。

 

荻原健司:現役復帰というほど大げさなものではなく、“一市民スキーヤー”として参加しただけです(笑)。それに、生涯スポーツとして、いつまでもスキーを続けていたいと思っています。
同時に、指導者として「昔取った杵柄」で得たノウハウをそのまま伝え教えるのではなく、現役選手と横並びになって現在の競技者の感覚を身につけることは、適切な指導をするためにも有効だと感じていました。
やはり、私の現役時代と比較して、今の現役選手のほうがジャンプでもクロスカントリーでも技術的なレベルは上です。これは、スキーに限らず、多くのスポーツでも同じことがいえるでしょう。
さらに、ルールも変わっており、スキー板やユニフォームなどのマテリアルも進化しているため、一度は自分自身でその変化を体験する必要があると思っていました。今の時代のフィーリングを掴まないと、選手に的確な指導はできませんね。

 

 

成長や変化を正当に評価する

荻原健司──人材育成に当たる指導者として、普段の生活や仕事の場面で気をつけていること、努力されていることはありますか。

 

荻原健司:まず、選手を信じることです。例えば、集合時間に遅刻した選手に、頭ごなしに叱るのではなく、まず選手を信じ、遅れた理由、事情を聞くことが大事です。

確かに、指導者にしてみると、自分の指示を聞いていない、裏切られたような気持ちになるのですが、選手にも不可抗力といえるアクシデントがあったかもしれません。
また、競技スキルだけでなく、例えば挨拶をはじめとする礼儀作法などについても、わずかな上達があれば、そういう成長や変化を決して見逃さずに、正当に評価することが大事です。

 

──他の指導者(例:『ビリギャル』著者の坪田信貴氏(坪田塾塾長 「SpeakersインタビューVol.30」に登場)も、成長や変化を認めてあげることで「監督(先生、部長等)は、私のことを見てくれている」と、大きな励みになることを指摘しています。

 

荻原健司:それは、子育てといっしょです。私にも、4人の子供がいますが、何かにつけて「お父さん、見て見て!」と主張してきます(笑)。

人間は誰しも、自分のやっていることに注目してほしいもので、それに応え評価することで、自信がつき、芯のある人間に成長していくんです。

 

──ビジネスの世界に置き換えて、プレーヤー(営業マン等)がスランプに陥ったときの克服法や、その際のマネージャー(管理職)の指導法についてアドバイスはありますか?

 

荻原健司:プレーヤーは、いろいろなことをやってみることで、失敗したらその克服法をみつける。上手くいかない現状を打破するためには何らかのチャレンジが重要で、何もしないのが一番ダメですね。

 もちろん、そのスランプの原因を見つけるのは管理職の役割でもあります。原因を明らかにするには、問題を聞きだし、いっしょに考えながら解決していくことです。問題を共有するために、対話を密にすることが大切です。
スランプの原因は、成績が上がらないこと自体にあるかもしれませんが、結果を求められることを意識するあまり、スランプに陥っているのかもしれません。もし、そうであるならば、そこから一時的にでも解放してあげることで、回復することもあると思います。

 

 

好きであることが強い心を生む

荻原健司──トップアスリート指導の傍ら「ノルディックウォーキング」の指導・普及にも注力していますね。

 

荻原健司:私は現在、弟の(荻原)次晴(スポーツキャスター 「SpeakersインタビューVol.18」に登場)とともに、NPO法人日本ノルディックフィットネス協会(JNFA)のアンバサダーを務めています。
ノルディックウォーキングは、元々スキーヤーのオフトレーニングで用いられていたメニューなんですが、健康維持やリハビリ、ダイエットに効果が高いとして注目され、現在認知度も急上昇しているんです。
ノルディックウォーキングは、雪が降らない季節に、スキー板を履かないで行うものですから、「冬になったら、ノルディックスキーをやってみよう」というきっかけになってくれれば嬉しいです。

 

──これまで以上に、幅広い層を対象に、多面的にスキー競技の普及、スキー人口の増加に努めていますね。

 

荻原健司:みなさまがスキーを通じて「人間・荻原健司」をつくってくれたのだと思っています。そのスキー競技の未来のために、今度は自分がお返しをする番だと思っており、様々なお仕事をさせていただいております。

 

──最後に、いつも講演で心がけていること、特に伝えたいことはなんでしょうか。

 

荻原健司:スポーツ選手が聴講者の場合には、競技を通じて、自分がどう社会に貢献できるのかを考えるようにすべきであると伝えています。
また、ビジネスマンを対象とした、人材育成をテーマとする講演では、部下に権限を与え、責任を課し、信じぬくことが大切であることをお伝えしています。自分で決定して、プロセスを踏ませることで、強い心が養われ、自立心が生まれて、責任感も高まります。
責任も権限も与えず、過保護になり過ぎると、いつまでも自立できず、仕事に面白みを見出すことが出来なくて、やむなく退職ということになってしまいかねません。
人間は、誰しももっと良くなりたい、うまくなりたい、上達したいという向上心を持っています。その機会を与え、正当に評価してあげれば、自ずと成長していきます。
そして、講演の最後には、「人間は自分が好きなことしかがんばれない」という言葉もお伝えしています。私の競技人生を振りかえってみても、やはりスキーが好きだから様々な壁を乗り越えることができたのだと思っています。
大人には、子どもが何に関心があって何が好きなのかを見つける手伝いをする責任があります。好きなものが見つかってしまえば、あとは放っておいても努力するもので、まずは好きであることが、強い心を生み出すのです。

 

荻原健司

 

 

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