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「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究を行い、講演や執筆活動に意欲的な河合薫氏。
千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。その後、気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。そして、東京大学大学院医学系研究科に進学し、健康社会学で博士号を取得された河合薫さんに今、伝えたいことを伺った。
(text:大橋博之、photo:小野綾子)
河合薫 私が取り組んでいる「健康社会学」は、個人と個人を取り囲む環境との関わり方にスポットを当て、その人の幸福感や働きがい、究極的に言うとその人の生きる力といったものを研究する学問です。
これは心理学と比較すると分かりやすいのですが、心理学は個人が強くなれるということを前提にしています。ポジティブシンキングがその一例です。一方、健康社会学は、その人がたとえ意気地がなくても、質の高い環境に行けば、一歩前に踏み出そうとする勇気を持てて、成長することもできる。逆に自分はできる人間だとか、強い人間だと思っていても、周りの人たちと良い人間環境を築けない場所にいると、その人自身が持っている強さも弱体化してしまう。「自分らしさ」というのは自分のなかだけにあるのではなく、自分を取り囲む、半径3メートル内にこそある、という考え方です。
河合薫 私が講演会を行う相手は企業さんが多いのですが、例えば、あるチームで「使えない」と言われていた人でも部署を異動することによって、その人を取り囲む環境が変わり、思わぬ能力を発揮することもある。逆にある部署でスタープレイヤーとして「あいつはできる」と言われていた人が、別の部署に行った途端、環境に馴染むことができず、能力を発揮できないこともあるとお伝えしています。
また、生産性が上がらず「ダメだ」と言われたチームがあったとしても、そのなかのメンバーたちが頑張って環境を変えることで生産性を向上させることができます。
環境を変える力を人間は持っているのです。
つまり、人の可能性を信じることで環境は変わるということであり、人には環境を変えるとか、周りの人と良い環境を築くことができる不思議なパワーを宿しているということです。
河合薫 どんな人に出会うかはとても大切なことです。私はよく、上司は会社員時代の最大のリスクファクターだと言っています。最初に出会った上司がどんな人だったかによって、その人のキャリア人生まで影響を及ぼします。
私はビジネスパーソンをインタビューすることをフィールドワークとして続けており、今まで900人以上にインタビューしてきました。40代、50代の人たちは、心に思い浮かべる上司というものを持っています。私はそれを「心の上司」と呼んでいます。40代、50代になって、自分が何かを決断しないといけないとき、「若いときに世話になったあの人ならどう考えるか」と想像する。あるいは閉職に回されたとき、どこから聞いたのか、世話になった上司からメールが来て「腐るな」と励ましてくれたとか。そういった心の上司と呼べる人との出会いがあるかないかで人の人生は大きく変わっていきます。
河合薫 コミュニケーションについてです。ひとり一人が輝くためにどうしていけばいいのか、という話をして欲しいというのがとても多いです。
どの企業も在宅勤務が増え、リモートを活用するようになり、コミュニケーションが上手く行かないという悩みを抱えています。これからの働き方をどうすればよいのか、チームビルディングをどうして行けばいいのか、部下の能力をどう高めていいのか、どうすれば自分たちは活き活きと働けるのだろうという疑問で溢れているようです。
河合薫 私たちは何のために働いているのかと言うと、お金を得て生きるためではなく、幸せになるためだと思います。仕事をするなかで、自分が思いもしなかった能力が開花することもあるし、仕事を通して普通なら会えない人に会うことができる。自分の感情をコントロールしなければならない場面があり、そのことによって人間として成熟できることもあります。
何よりもひとりで頑張るのでなく、いろんな人たちと力を合わせて物事を成し遂げることができることを学ぶ、自分が失敗をしてしまった、上手く行かなかったとき、一緒にやってくれる人がいる。ある人との出会いによってそれを乗り越えることができて幸福感が得られる。それは、働くということをしていないと経験できないことです。幸せな働き方とはどういうことなのか、人生を豊かにするために何をすれば良いかという話をしています。
河合薫 その通りです。人の心は変わることはありません。コロナが私たちに突き付けたのは、働き方や生き方をどうすればいいのかを、一度、考え直そうという問いかけでした。長い間、働き方改革と言われていたことが、コロナによって一気に進んだ。長時間労働ができなくなった。必要もなくなった。そのなかでミッションや目的を持ち、会社として生き残りをかけて一丸となって立ち向かって行かなければならない。
本来、働き方改革のなかでやらなければならなかったことが、コロナによって促進した。その一方、普遍的な部分は残して行かなければならない。今だからこそ、原点に戻る。基礎に戻る。私たちが大切にしてきたことは何ですか? 本当に大切にすべきことは何ですか? を考えていただいています。
河合薫 人類は人と協働することで生きることで残ってきました。同じ空間で空気を共有することで「共感」という感情が生まれてきました。フェイスtoフェイスで向き合うことで、ちょっとした仕草や身振り手振りなどの何百もの情報を受け取って、人と人は心を通じ合わせてきた。なのに今は、それをしなくてもよいコミュニケーションが取れるようになった。それは便利ではあるものの、原点である人と触れ合うコミュニケーションまで効率的にするのではなく、それも活かさなければならない。それを誰かが気づかさないといけません。誰もが必要だと思いながらも、トップはもっと前に進むことを望んでいる。そのためみんながモヤモヤしている。そのモヤモヤしているところに突っ込むような言葉をメッセージとして送っています。
河合薫 『HOPE 50歳はどこへ消えた 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)を刊行させていただきました。これは、私が東京大学大学院時代に取り組んでいた健康社会学を通して、この世の中に伝えたいと思う私のメッセージを、私の言葉で紡いだ本です。
今まで講演会や書籍等で多くのことを伝えてきましたが、それを全て包括的に網羅したのが、この単行本です。
なぜ、タイトルに「50歳」とあるのかというと、50歳が人生のターニングポイントだからです。
ビジネスの世界では労働者不足が叫ばれているのに、50歳になった途端、立場があやふやになる。私たちが若い頃に見た50歳はどこに行ったんだろうかと、私自身、50歳を過ぎていて戸惑いを感じています。
この先、どうして行こうという、自分のアイデンティティを見失っている。その象徴として『HOPE 50歳はどこへ消えた 半径3メートルの幸福論』を書きました。
自分らしさとは何なのか? 幸せになるというのはどういうことなのか? を書いたものです。なので、これはビジネス書であってビジネス書ではありません。
誰もが経験しているであろう会社員のことがベースになっていますが、主婦や学生といった人たちに対しても、会社員生活をして歳を重ねるということは、こういうことなんだ。自分らしさは自分のなかにあるのではなく、周りとの関わりのなかにあるんだということや、つながることの大切さなどを伝えたいと思っています。
河合 そうです。大学院時代の研究で素晴らしいと思った理論に、自分が培ってきた言葉や経験をミックスしました。企業はもちろん、一般の人たちにも伝えていける講演会ができたらと思っています。
河合薫 コロナ前の50代問題は、働かないおじさんでした。それがコロナになって働かないおじさんは希望退職が拡大されてリストラされています。50代は今後、ますますどうしていいのか分からない。このままじゃヤバいと思っています。コロナによって時計の針は大きく進んでしまいました。今までのように、何とかなる時代じゃない。パラダイムシフトをしないとこの先はない。
河合 そうです。ターニングポイントに差し掛かっているのに、それを受け入れてこなかったのが50歳です。
会社から役職定年と言われて「理不尽だ」と文句を言っている。その前に自分自身が変わらないといけません。なのに変わってこなかった。変わらなくてどうする? というのが今の50歳ですね。
今の若者は、厳しい世界で生きています。そのような若者の「光」となるような生き方をして欲しい。「こんな、おじさん、おばさん、いらない」と言われるような人になるな。そういったメッセージが、『HOPE 50歳はどこへ消えた 半径3メートルの幸福論』にあります。
河合薫 「愛をケチるな!」と言っています。
自分にとって大切なものがあるはずです。でも、その大切なものが、分かっているようで分からない。
また、誰もが自分らしく生きようと思っているし、自分らしく生きたいって思っている。けども、その「自分らしさ」が分からない。自分にとって大切なものや、自分らしく生きる方法を伝えて行きたいと思っています。
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