Gerontology(加齢学)でよくわかる
「シニア人材を生かす三つのポイント」
「やる気のないシニア」が生まれる理由を動機づけ理論で分析する
皆さんの職場では、定年間近の方たちが働き甲斐をもち、生き生きと仕事をしていますか?中年世代管理職の方たちは、シニア世代の年上部下に、気兼ねすることなく指示・教育をしていますか?
超高齢社会対策として、2021年4月「改正高年齢者雇用安定法」により70歳までの就業確保が努力義務化されました。このため、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%に至り(厚生労働省 令和5年「高年齢者雇用状況等報告」より)表向きは、一段落したとみられます。しかしながら、シニア社員のモチベーションの維持・向上について課題を抱えている企業は相変わらず後を絶ちません。
解決策として企業が取っている方策は、二つのパターンに分けられます。一つ目は、賃金制度の見直しや、昇進のチャンスを与えるなど、外部からのモチベーションアップ。人事関係のシンポジウムや事例研究会でよく取り上げられている内容です。二つ目は、若年層のアドバイザーとしての役割を認識させる、職場内で「ありがとう」とお礼を言い合う習慣作りなど、心に働きかける内部からのモチベーションアップ。
前者のように、外にある何かしらの目的に対して発生する動機を「外発的動機」と言います。
金銭報酬・営業成績・昇進・昇格などがこれに当たります。
後者のように、自身の内面から湧き上がる動機を「内発的動機」といいます。やりたい・楽しい・誰かの役に立ちたいなどが、これに当たります。
動機付け、つまりモチベーションの維持・向上について両者を比較すると、「外発的動機付け」よりも「内発的動機付け」のほうが効果は高く維持する、という心理学的な研究結果が出ています。高い賃金を得ることよりも、お客様から喜んでいただく事にやりがいを感じる飲食店の従業員の方達などがその例です。
このことから「高齢者のモチベーションを上げるために賃金制度を見直した」「昇進のチャンスを与えた」という取り組みは、今は効果が出たとしても長続きはしないことが推測できます。確かに、我が国においては、再雇用・雇用延長後に賃金の大幅削減となる制度設計が課題となっています。しかし、そこにばかり視点が行き、与える仕事のやりがいについて目を向けることを忘れてしまうと、一年ほどで「つまらない仕事だ。やっぱりやめよう…」となってしまいます。
「やる気のないシニア」が生まれる理由をまとめると、以下になります。
・「外発的動機付け」をすれば、効果がでると勘違いし、制度設計だけに注力している。
・「内発的動機付け」を感じる仕組みを創っていない。
特に、私たちは高齢期になるほど「人の役に立ちたい」「社会のために何かしたい」という心理が大きく働くようになります。御社では、(2)に取り組まれていますか?高齢者心理をくみ取ることがモチベーション向上のカギです。
ただし、賃金をあまりにも下げすぎてしまっている企業においては、この理論は当てはまりません。最低生活の保障があってからこそ成り立つことを考えましょう。
「Gerontology」でシニアの伸びる能力を生かす
私たちは、歳を重ねるにしたがって心身ともに変化が起きます。このような加齢変化を取り上げた学問を「gerontology」(ジェロントロジー)といいます。語源はギリシャ語の「高齢者」の意味を表すGerontに、「学」を表すologyがついた造語です。その分野は教育・心理・教育・医学・経済・労働・栄養・工学など、多岐にわたっています。
「産業ジェロントロジー」とは、このgerontologyの研究成果を企業の人材マネジメントに生かすものです。「金融ジェロントロジー」という分野もあります。これは、金融庁・メガバンクなどが中心になって進めており、高齢社会における金融サービスのあり方に対する取り組みです。
「gerontology」の研究により、「結晶性知能」という高齢期においても延びる能力があることがわかりました。
私たちの能力は「結晶性知能」と「流動性知能」という二つに分けることができます。
前者は過去の知識や経験に基づくものであり、言語能力、理解力、洞察力を含みます。60歳以降も伸び続け、昨今の研究によると、死の直前まで伸びる人もいるといわれています。後者は新しい環境に適応するために、新しい情報を獲得し、それを処理するものであり、処理のスピード、直感力、法則を発見する能力などを含みます。20代でピークを迎え、以後は低下するといわれています。
高齢者の能力を生かすのであれば、この「結晶性能力」を使った仕事を担当させることです。例えば、説明能力や語彙力が長けているので、顧客相談や商品説明などは、最適です。また、日常生活における問題解決能力も加齢とともに伸びてゆきます。家事代行サービスや介護事業などで、高齢の女性たちが活躍しているのは、この能力を生かしている良い例です。ただし、「結晶性能力」は過去の知識経験に基づくということを忘れてはいけません。蓄積をしてこなかった人は、何も出てきません。年を重ねれば誰でも、憂愁になってゆく、という勘違いを起こさない・起こさせないように、気を付けましょう。
なお、今まで未経験の仕事を覚えさせようとして、時間がかかるのは全てのシニア世代に共通する点です。理由はGerontologyで明確化できます。特徴ととらえてください。若年層と比較しないこと。苦手なことをさせて、できないと叱られては、自信を無くすのは当然です。
(注1)(([1] Horn, J. L., & Cattell, R. B.(1967).Age differences in fluid and crystallized intelligence. Acta Psychologica, 26, 107-129.)
若年層とは違う「ストレス対策」
高齢者の特徴の一つに、「疲れやすく、回復しにくい」というものがあります。
一方、若年層は「疲れにくくて、回復がしやすい」ことが挙げられます。つまり、シニアには疲労を貯めさせない事が重要となります。疲れがたまると、やろうとしてもできない…。仕事が遅くなり翌日に残る。仕事量が増える。さらに疲れる…まさに負のスパイラルです。さらに、高齢期になると社会的な責務を果たそうという気持ちが大きくなる。心も疲れてくる…。心身ともに、大きなストレスとなってしまいます。
そこで、考えなおしたいのが労働時間。長時間にわたる業務はさせないことです。
私が、再雇用の60代男性12名にヒアリングをしたところ、全員が一致した意見がありました。それは「労働時間が短くなり、本当に楽になった。」です。仕事の効率も上がり、やる気が続く、もう前のように残業三昧の生活には戻りたくないと異口同音に口にしました。
ストレスというと、心の問題としてとらえがちですが、高齢期になると身体的ストレスの問題も大きくなってきます。具体例として、長時間同じ姿勢を維持させる、部屋の温度・湿度が高すぎる・低すぎる、動きにくい空間…。
若年世代は、環境に対する適応能力が高いので、慣れることが容易です。しかし、加齢に従って適応能力は低下してゆきます。よって、周囲が配慮をしなくてはなりません。 若年層のストレス対策が「リカバリー」に重点を置くとするならば、シニア世代には「回避」に重点を置く。これが大きな違いとなります。
シニア人材を生かす三つのポイント
多様な視点からお話しましたが、ポイントをまとめると、三つです。
一つ目は「内的動機づけ」をする。
二つ目は「Gerontology」に基づき「結晶性能力」を生かす
三つめは「シニア世代向けのストレス対策」
いずれも難しいことではありません。
ただ、私たちは、自分の年齢よりも多く、年をとることができません。
よって、若・中年世代が高齢者を理解することは無理なのです。但し、学習することはできます。
ここに「Gerontology」の必要性があります。新しい分野なので、難しい・やりにくいと感じてしまう方が多いかもしれません。
「では、社内研修を企画しようか?」
確かに、確実で王道かもしれません。
しかし、長時間の拘束は大変だな…と悩まれましたら、講演会・勉強会などの「きっかけの場づくり」から始めてみてはいかがでしょうか。
私達が一緒に、第一歩を踏みだすお手伝いをさせていただきます。
シニア世代に仕事を通じて、生きがい・働き甲斐を持っていただく事は、豊かな高齢社会を創ることにつながります。
これこそが、私たちビジネスパーソンの役割ではないかと考えています。
産業ジェロントロジー((加齢学・老年学)の第一人者。元静岡大学大学院客員教授。大学院研究に基づいた、中高年になっても伸びる「結晶性能力」の伸ばし方を、全国自治体・上場企業などで指導している。人生100年時代における、雇用延長対策・年上部下の指導方法などが主たるテーマ。
合わせて読みたい記事