知れば知るほどビールは美味しい
日本で最も飲まれるビール、その知られざる魅力とは?
ビールは日本で最も飲まれているお酒です。発泡酒などを含むビール類の消費量は、三五〇ミリリットル缶に換算して年に百億本以上。その割には皆さん、ビールのことをご存じないなあ、と残念に思っています。
例えば、冷蔵庫から取り出した缶ビールをプシュッと開栓し、いきなり缶に口を付けて飲む方がいらっしゃいます。あれは美味しくないですよ。グラスのように喉に向かって真っすぐ流れ込んでくれないので、喉ごしというビール独特の快感が足りません。炭酸ガスはピリピリするし、苦味は強く感じるし、美味しさ半減と言わざるを得ません。
日本の大手の標準的なビールの場合、瓶でも缶でも業務用の樽でも、だいたい二・二気圧くらいの炭酸ガスが溶け込んでいます。この数値は、グラスに注いで泡が立った分だけ炭酸ガスが抜けることを計算して、抜けた後に理想的なガス圧になるように、少し多めになっているのです。ビヤホールの注ぎ手の名人たちのビールを計測すると、一・六から一・八気圧くらいに下がっています。ですから、瓶でも缶でもしっかり泡を立ててガス圧を下げてやることが、ピリピリしない滑らかな喉ごしを生むのです。
またビールの苦味成分はホップに由来しますが、これも泡立ちを計算して多めになっています。この苦味成分には液体より泡に多く含まれる性質があり、きめ細かい泡が豊かに立っている場合、その泡の下の液体では二割も苦味が減っているのです。つまり、良い泡のビールは苦さと麦のうまさのバランスが良く、マイルドな味わいなのです。
ですからビールをお飲みになる時は、グラスに注いでたっぷり泡を立ててください。缶ビール直接と飲み比べていただくと、なるほど喉ごしが違うと驚かれるでしょう。こんな豆知識ひとつで、ビールは美味しくなるのです。
大ジョッキよりも美味しい!小ジョッキで楽しむビールの理由
外でビールを飲む時も、少し知識があるだけでビールは美味しくなります。まずはお店選びから始めましょう。生ビールは鮮度が大切ですが、日々少ししか売れないようでは古くなってしまいます。ですから一定の席数が必要ですし、何種類もの樽生ビールを飲みたいなら、それなりの大型店を選ぶのが定石です。でも、小さなお店なのに常にビールはベスト・コンディションという珠玉の名店もあります。
さて大きなビヤホールでは、どこに座るとビールが美味しいでしょうか。キーワードは注ぎたて。生ビールの品質管理と注ぎ手の技を満喫するには、やはり注ぎたてに限ります。そのためには、注ぎ手に近い席が良いのです。ボーイさんがジョッキを運んできたた時に泡が減っているような遠い席は敬遠しましょう。また、注ぎ手のいるカウンターの前はボーイさんたちの集合場所ですから、注文の合図もすぐに届きます。
次は注文の仕方です。ビール好きなら大ジョッキ、と言いたい気持ちは分かります。しかし、美味しく飲むならやはり小ジョッキをお勧めします。飲みきるまでにビールがぬるくなっては幻滅ですよね。さらに大ジョッキには喉ごしを阻害する欠点があります。それは重さです。一リットル入りジョッキは液体とガラス合わせて二キロ超え。これをグイと持ち上げると、腕に肩に力が入り、さらに首の筋肉も緊張してしまいます。すると喉も締め付けられ、ビールがすんなり流れていかないのです。それでも大ジョッキで飲みたいなら、まずは上半身の筋トレから始めましょう。
背筋を伸ばして美味しさ倍増!ビールを正しく飲む姿勢とは?
注文したビールが届いたら、まずは持ち方です。ジョッキなら把手をしっかり握るだけなので皆さん同じですが、大ぶりなグラスの場合は、自己流の不安定な方もいらっしゃいます。こんなところにも美味しさの分岐点があるのです。
グラスは握り締めるのではなく、下のほうを親指、人差し指、中指で軽く持ちましょう。小指や薬指をグラスの底に掛けて安定させるのもグッドです。重心より下を持つと、グラスを傾けるのに力が要りません。逆に、グラスの上部を吊り下げるように持つと、泡をすする形になって、泡ばかり入ってきます。人間、泡を食ってはいけません。ビールは喉に真っすぐ流れてほしいものです。
次は飲むときの姿勢です。背筋を伸ばして、肩の力を抜いて、喉をまっすぐにしましょう。ジョッキを口許より高く持ち上げてから飲むと、良い姿勢が保てます。
いよいよジョッキに口をつけます。思いきって上唇を泡の下に突っ込み、恐れずにジョッキを傾けましょう。泡は上唇で止まり、泡の下のビールだけが喉に一直線、となります。鼻の下に泡が付くのは、美味しく飲んでいる証拠です。
ゴクゴクゴクゴク、プファーッ。美味い。
この喉を駆け抜ける爽快感こそビールの醍醐味です。
全員が心を一つにしてプファーッとやれば、今日の宴会も幸せです。
さて二口目からは自分の適量をマイペースで。アルコールは個人差が大きいのですから、他人に合わせる必要はありません。無理するな、と命じるのは、その酒席で一番偉い人の責任です。
マイペースを守ってジョッキの同じ側から、毎回同じ量を飲んでいると、口をつけた反対側の内壁に泡が模様を作ります。一定の幅で白く太い横線があり、その間には不規則な細い線。ベルギーのレース編みのようなので、ベルジャンレース、あるいはレーシングと呼ばれます。この模様は、きれいなジョッキ、注ぎ手の技量、飲み手のテンポの良さが揃わないと発現しません。
ですから、ビヤホールの注ぎ手は、きれいなベルジャンレースのジョッキが戻ってくると、どこの席のお客様だろうと注視します。今日は良い飲み手が来ているとなると、注ぎ手の気持ちも昂揚します。そのお客様からの注文には特に心を込めて注ぐそうですから、良い飲み手はますます美味しいビールが飲めるという訳です。
一杯飲んだらすぐ二杯目、とあせって注文しなくても良いのです。ビールが何種類もあるお店も増えてきましたから、ゆっくりメニューを読みましょう。ワインでも同じですが、何種類かを楽しむなら、軽快なものから味わい深いものに移っていくのが原則です。ですから一杯目がスタンダードなビールで、二杯目が麦芽百パーセントビールという流れは大正解です。
ところで、きちんとつまみを食べることも大切です。特に肝臓保護のためにタンパク質を忘れずにね。
枝豆にソーセージですか。結構ですね。定番のお料理には、やはり愛されてきた理由があるのです。
つまみとして、是非おすすめするのがお水です。ビールを一リットル飲むと一・一リットルの水分が失われると言われます。発汗や利尿作用だけでなく、アルコール代謝に水分が必要だからですが、つまりビールは脱水を招くもので、身体を潤すものではないのです。ですからビールの合間でも時々冷たいお水を飲みましょう。口の中がサッパリして一層ビールが美味しくなります。
いろいろ重箱の隅をつつくようなネタを並べてきました。もうお分かりでしょう。ビールの知識はウンチク自慢ではなく、ビールを美味しく飲むためあるのです。知れば知るほどビールは美味しくなります。どうぞ、美味しいビールで心を潤してください。
1955年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。飲食店アルバイトから酒好きが高じてサッポロビールに入社。ギネス、ミラー、青島ビールなどのマーケティング、黒ラベルなどの宣伝制作、グループ全体の広報・IRなどを担当。コーポレートコミュニケーション部長、CSR部長、ヱビスビール記念館館長、文化広報顧問などを歴任。
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