なぜ中国古典は、経営者やリーダーに読み続けられているのか
中国の学術が持っている他にない特徴
「社長が『三国志』全部読んできて、感想を言えっていうんです。
もう本当に大変ですよ」
これは、筆者の勉強会に来ていた、ある上場企業の役員の方の発言です。
社長さんが中国古典にはまってしまい、その思わぬ余波を被ってしまったんですね……。
こんな例に端的なように、経営者や部下を多く持つビジネスマンには、
歴史書や『論語』や『孫子』といった古典の根強いファンが数多くいます。
しかし、いくら古来影響が強かったとはいえ、いわば外国の古典。
しかも、今から千七百年前とか二千年以上前という、カビの生えたような時代の著作物ばかり。
なぜ、これほど日本人の経営者やビジネスマンを、中国古典はひきつけてやまないのでしょうか。
もちろんそこには、いくつかの理由があります。
まず、みなさんは、高校生の頃に「四大文明」というのを習ったと思います。
・チグリス=ユーフラテス文明
・エジプト文明
・インダス文明
・中国文明(昔は黄河文明が一般的だったが、近年、長江流域からも遺跡が発掘されているためこう呼ぶ)
さて、ここでクイズです。
この四つは、いわば古代における最先端地域になるわけですが、このうち中国文明だけが唯一持っている特徴があるのです。
それは何だかおわかりになるでしょうか。
みなさんの知識だけでおそらく解ける内容なので、ぜひ考えてみて下さい。
ただし、ちょっとトンチが入ります。
答は、他の三つは多民族の侵入などを許して、滅んでしまったのに対し、中国文明だけは滅亡せず、途中で紆余曲折はありながらも、現代まで隆盛を誇る地域として残り続けていることなのです。
中国は、太古から途切れぬ文明の歴史を持っている――この他にない土壌が、まずは中国古典の魅力を育む大きな原動力となりました。
続いて、今のクイズの答を踏まえつつ、二番目のクイズを考えてみましょう。それは、こうです。
「世界のあらゆる文化・文明のなかで、中国だけが唯一持っている学術的な特徴とは何か」
先ほどは古代の最先端地域四つの比較でしたが、
歴史のスパンを長く取れば、日本にも韓国にも文明があるわけです。
そのなかで、中国には唯一持っている特徴があるのです。
ちなみにこの問題、ある企業研修で出したところ、「先生わかりました」といわれて、答を聞いてみたところ、「それは中華料理でしょう」といわれことがあります。
「それも間違いではありませんが、もう少し学術的なものがあるんです」と言ったところ、「わかりました、ズバリ麻雀でしょう」との答が返ってきてマイッタと思ったこともありました。
もちろん中国独自なものはいくらもあるのですが、学術的な面での答は、こうです。
「紀元前841年から、現在に至る年月のわかる歴史の記録を残し続けていること」
歴史を学ぶ理由
『史記』という歴史書は、みなさんご存知の方も多いと思います。
この本には「表」と呼ばれる年表がついていて、年号がつき始めたのが紀元前841年。以後、例外もありますが、ある王朝が滅亡すると次の王朝がその歴史を編纂する形で、延々歴史の記録を残し続けているのです。
驚くべきことに、この作業は現在も続けられています。一番最近滅んだ王朝は清ですが、この歴史書を「清史編纂室」というところでいまだに編纂しているのです(台湾では独自に完成を宣言するも大陸側は無視)。中国人の歴史好き、まことに恐るべしという感じなのです……
つまり中国というのは、太古から途切れない文明の歴史を背景に、歴史の記録を残し続けている、という他にないユニークな特徴を持っているのです。
では一体何のために、歴史の記録を残し続けてきたのか。
前の王朝の悪口を書くことで、今ある王朝が自分たちの正当性を主張するため、という大きな動機がまずは存在していますが、もう一つ、こんな理由があるのです。
「社会をよくするためには、歴史の記録がもっともよい参照事例になるから」
中国古典は「実学」と呼ばれることがあるのですが、これは特に儒教系の教えや、諸子百家などの思想が、「いかに社会や組織をよくするのか。そのためにトップやリーダーはいかにあるべきか」を共通のテーマにしているという特徴を持つからなのです。
なぜか。
その学術や文明を担っていたのが、現在でいえば政治家や官僚にあたる人々だったからです。
後の時代、彼らは「士大夫」とも呼ばれるようになりました。
たとえば、今の政治家に「本を書いて下さい」とお願いしたとします。
書かれた内容は多くの場合、「日本をよくするには~」「美しい日本を~」といったものになるでしょう。
つまり、政治家や官僚が、その国の学術や文明を担ったなら、必然的に、「いかに社会や国をよくするのか」が、その目指すテーマになるわけです。
そして古今東西に共通して、こうした場合に活用されるのが歴史の記録でもあります。
歴史は、もちろん同じ事象を繰り返したりはしませんが、似たパターンを踏む事象というのは存在します。
現代でいえば経済や金融が典型ですが、そういった事象に関しては、現代の問題を解くためのヒントとして、歴史の記録が参照事例として使われるのです。
このよい例が、2009年のギリシア危機。みなさん覚えていますでしょうか?
この危機、多くの人は、「マスコミが大騒ぎするほどには大事にならずにすんだ」 という印象があると思います。
これには理由があります。
ギリシア危機の約10年ほど前、1998年にロシア金融危機が起きました。
これは専門家の予測を超えて、危機が世界中に広がってしまったのです。
この事態を受けて、専門家たちは「なぜ危機が広がったのか」の研究論文を積み重ねていきました。
その研究成果が、ギリシア危機のときに投入されたのです。
つまり、なるべく早く手を打つことで、「なんだ大したことなく終わったじゃないか」とレベルで危機を収束させることができたのです。
中国人は、後世に教訓を残したいと思ってせっせと歴史書を残した面があるのです。
さらに、現代でも「坂本龍馬のような政治家はいないのか」「織田信長のようなトップが欲しい」などと言われることがありますが、上に立つ人間や組織のよきありようとは、古今で原理原則が変りません。
中国古典とは、古代の偉人たちがこうした不変のテーマを探究し尽くした知恵の集積。
だからこそ似た境遇で悩み、苦労する経営者やビジネスマンの高い人気を誇り続けてもいるのです。
筆者の講演は、中国古典の中でも特に人気の高い『孫子』や『論語』、『韓非子』などをテーマに、戦略やリーダーシップ、組織論について、経営者やビジネスマンが実践的に活かす為の原理原則を豊富な現代的な事例と共にお話ししているので、ご自身に引きつけて理解出来ると好評頂いています。
また、中国古典の知識をベースに、約五百の企業、六百の社会事業にかかわるという前代未聞の業績をあげた渋沢栄一の思想や知恵についても、講演しています。
ぜひ一度お聞き頂ければ幸いです。
NewsPicks選「21世紀のビジネス名著」ベスト100
「次の25年に残したいビジネス書」23位
1965年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。作家として『孫子』『論語』『韓非子』『老子』『荘子』などの中国古典や、渋沢栄一などの近代の実業家についての著作を刊行するかたわら、グロービス経営大学院アルムナイスクールにおいて教鞭をとる。2018年4~9月トロント大学倫理研究センター客員研究員。